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最高裁判所第三小法廷 昭和46年(あ)689号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小栗孝夫の上告趣意第一点について

所論は、行進又は集団示威運動に関する条例(昭和二四年七月二日愛知県条例第三〇号、以下「本条例」という。)五条一項後段が、集団行動の主催者たる個人又は団体の代表者以外の者、とくに条例違反の集団行動を指揮、せん動した者ばかりでなく、単なる参加者を含めて処罰するものであるとすれば、それは表現の自由に対する規制として必要やむをえない限度を超えるものであって、憲法二一条に違反すると主張する。

しかし、被告人は、本件集団示威行進につき、愛知県公安委員会が付した「だ行進、停滞その他一般の交通に障害を及ぼすような形態にならないこと」という条件に違反して、右行進の他の参加者とともにだ行進及びすわり込みをしたものであるところ、思想表現行為としての集団行動は、表現の一態様として憲法上保障されるべき要素を有するものであるが、だ行進やすわり込みは、このような思想の表現のために不可欠のものではなく、これを禁止しても、思想表現行為としての集団行動の本質的な意義と価値を失わしめ憲法上保障される表現の自由を不当に制限することにならないことは明らかである(最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決参照)から、このような条件に違反したもののうち、どの範囲のものを処罰するかは立法政策の問題にすぎないのである。所論は、前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。

同第二点について

所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない。

なお、原判決は、本条例四条三項は、「第一項の許可に際し公安委員会は、公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要と認める場合には、前条に掲げる事項について必要な条件を附することができる。」と規定しているが、右条項は、「公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要と認める場合」であれば、直ちに集団行動に対して、本条例三条に定められた対象事項につき必要な条件を付することを許容する趣旨ではなく、集団行動自体の許否を決する場合と同様に、もし、なんらの条件をも付することなく集団行動を許すとすれば、それが直接公共の安全を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭であると認められる場合に限り、公共の安全を保持するうえに必要かつ最少限度の条件を付しうるという趣旨にいでたものと解すべきであるとし、被告人の参加した本件集団行動につき、愛知県公安委員会は、(一) 行進の隊列は四列以下の縦隊とすること、(二) うず巻行進及びことさらに隊列の巾を広げ、若しくは遅足行進、停滞その他一般の交通に障害を及ぼすような形態にならないこと、(三) 行進中においては、プラカード、旗竿などを振り回し、又は横に倒すなど、人に危害を及ぼすような形態にならないこと、という三条件を付しているが、これらの条件はその文言どおり形式的に理解されるべきではなく、これらの条件にはいずれも「公共の安全に対して直接危険を及ぼすことが明らかな」という趣旨の実質的制限が伴っていると解すべきであるとしている。

しかし、本条例四条三項に基づく公安委員会の条件付与は、集団行動による思想の表現それ自体を禁止しようとするものではなく、集団行動が秩序正しく平穏に行われて不必要に地方公共の安寧と秩序を脅かすことのないように付されるものであり、集団行動を行う者に対してこのような行動にわたらないことを要求しても、思想表現行為としての集団行動の本質的な意義と価値を失わしめ憲法上保障されている表現の自由を不当に制限することにならないのである(前掲大法廷判決参照)から、その条件が集団行動による思想の表現それ自体を事実上制約する結果となる場合でない限り、本条例四条三項の要件に集団行動を不許可にする場合の要件を加えて解釈する必要はないのである。そして、被告人の参加した本件集団行動につき付された前記(一)ないし(三)の各条件は、いずれも、集団行動による思想の表現それ自体を事実上制約する結果をもたらすものとは認められないから、これらの条件につき「公共の安全に対して直接危険を及ぼすような」という実質的制限が伴っていると解する必要もないのである。そうすると、以上の点に関する原判決の判断は、本条例四条三項の解釈を誤ったものというべきであるが、原判決は、被告人らのだ行進及びすわり込みが、公共の安全を直接危険ならしめるような事態を惹起することが明らかな状態を現出するに至ったものとして、被告人を有罪としているのであるから、原判決の右法令解釈の誤りは、結局判決に影響を及ぼすものではない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 関根小郷 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

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